この子だれの子(平成17年12月) − こんな世相だから こそ −
農家と呼べるほどの耕作面積ではなかったと思うが、梅雨どきの田植、暑い時期の田の草取り、そして秋には実った稲穂を鎌での刈り取りや脱穀、さらに籾殻を除去した玄米をこんどは石臼を使っての精米と、ほとんどが人力による手作業だった。
米の収穫と平行して次は麦蒔きだ。田んぼには霜柱が立ち、凍てつく頃の風は冷たく指先に痺れを覚えながら麦を踏んだ。 朝の登校前、午後は学校から帰ると家で飼っていた牛の世話、釣瓶を使っての水汲みなどは子供たちの欠かせぬ日課でもあった。母は夕飯のかたづけを終えた後も、家族の着衣を繕うなど夜業をするのが常であった。こんな生活は我が家に限らず、農家であれ小売商であれ、製造業であっても家族全員の労働力を必要とした。
親も子もお互い相手を必要とし、頼りと思い、団結しなければ生活できなかったとも言える。あの頃の親の姿は亡れ難い。 我が子供時代から60有余年を経て、さて今はどうであろう。必ずしも父親の収入に頼っていないのが普通かもしれない。
母もパートで働き、職場の仲間達と食事会や時にはグルメの旅も、子供らも欲しいものはバイトで、自分で稼いだお金だから使い方も自分で決める。コンビニのお蔭で不自由さ不便さを感じないで済む。
それぞれが別の世界を持っていて、家族が一緒に働らく場は見当らなくなり、家族揃って食卓を囲むことさえ少なくなった。 かつての親、年輩者達は体験や経験の多さから、若者や子供に対して優位であったが、情報社会のこんにちIT操作に見られるように時代が変化、その結果親や年輩者である上司さえも軽んずる傾向が感じられる。60年前に戻そうなどとは思わぬが、大きく変わるものの中で変わらぬものまで失なってはならぬ。親子の情愛、家族その絆の大切さ、思いやり助けあう心を。こんな世相だからこそ。
この子だれの子(平成17年11月) − 男女共同参画ってなあに? −
隣家のTさん家族とは親の代からのおつき合い、血縁者以上に親しく願っている。40代の夫婦には中学生を頭に4人のこども。 末っ子の女児はヨチヨチ歩きをマスターして、家の中では小走りも。自分の名前を呼ばれると笑顔といっしょに「ハイ」と手を上げる。「バイバイ」の声に応えて手を振ってくれるのだが、母親がサヨナラと言うとぺこりとおじぎをするさまなど、実に愛くるしい極みである。周りの者たちの会話には自分も加わりたいらしく、意味不明のことばを発しながら何やら語りかけてくる。
そんな愛嬌たっぷりの彼女も一度泣き始めると誰があやしても止まるものではない。まさに「泣く子と地頭には勝てぬ」そのもの。ただ一人、母親が抱きしめて声を掛けるとまるで何事もなかったかのように治まるのは実に不思議である。母親の胎内に宿り、いのちとDNAを育んできたことの証の表われと感じとれる。
乳幼児期は母親の影響がいかに大きいかを例えたことばに「三つ子の魂百まで」とはよく言ったものだ。「三才までは母親の手で」とか「母親はこどもが初めて出会う教師である」とも聞く。
父親はこどもの自立を促し、社会の規範やものごとのルールを教えると言う役割があり母性とは異った立場での育児が重要であり、こどもと友達のようなお父さんでは父親とは言い難い。
少子化社会対策の一環として保育サービスの充実が規定され、低年令児保育・延長・夜間・休日保育や一時保育など、家庭での育児から、育児の社会化へと方針の転換が見られる。
子育て支援策が充実するほどに親たちの子育て放棄を促すことになりはせぬか。先日 −男女共同参画ってなあに?− と題したちらしの回覧を目にした。家事、育児、介護などさまざまな場において、男女が対等に参画し…と記されてあったが???
この子だれの子(平成17年10月) − 米のささやき −
九月になって間もなくのこと、すでに早場米の収穫が始まったのでございました。たわわに実った稲穂が黄金色に輝き、重たげにその頭を垂れております。このあたりでは今年も豊作のようでございます。と申しましても別の地域では台風などの被害によって、せっかく咲いた稲の花が散ってしまい、実を結ぶことが出来ない厳しさに遭うのも例年に見られる現実なのでございます。
苗を植え付けた直後、苗自身が地に根を降ろすまでは、充分な水が欠かせませんので耕作者にとっては水の見張り番も毎日の重要な日課なのでございます。ほんに水こそは動・植物の違いを超えて生きとし生きるもの、すなわち万物のいのちの元にございます。
ところがそのいのちを司どる水を人間の知恵や力で創り出すことは不可能で、真に天然自然、大宇宙からの恵みと申さねばなりません。まさに「天からのもらい水なのでございます。
コップ1杯のお水も感謝の念でいただきたいものでございます。 近年、夏の暑さは格別のようでございまして、連日30度を越すなどもめずらしくなくなってまいりましたが、地球環境の問題が叫ばれる所以でもございましょうか。
人間と言う立場での皆さまにとりましては、毎日の通勤や仕事の面で暑さに対してはさぞかしご不満なことでございましょうが、私どもにとりましてはこの時期こそ、地中深く根を拡げ、株を殖やし背丈も伸ばすなどの好季でございまして、それは秋に備え豊かな稔を迎えるための成長期だからなのでございます。
「この夏は涼しかった」となりますと私しどもは実を結ぶことなく藁としての生涯を終えねばなりません。その結果は…いつのことでございましたか大騒ぎになったことをお忘れではございますまい。
真夏の太陽のあの陽ざしこそ不可決なのでございます。さて、圧勝とか過半数だのと報じられる折、「奢」おごりこそ亡国の要因、実るほど頭を下げるの例え、ひとこと申し添えさせていただきたく。
この子だれの子(平成17年9月) − むすこの手・おやじの背 −
仕事帰りの息子が病室へ顔を見せた。「どないやったんや」?「ごっつい痛むんか」?「この痛み・・言葉では説明できんわ…」蚊の鳴くようなと例えられるが、まさにこんな返事がやっとだ。
男同士だからか、親と子しかも父親と息子と言う組み合わせとはこんなものなのか、二人の会話はすでに途切れたままである。 「すまんなあ〜、ちょっと首の周りを揉んでくれへんか、頼むわ」聞こえたとみえて、息子は黙って背後へと廻った。
学生時代を野球部で、そんな中で身に着けたのか、首すじや肩の凝り固まった部位は見当がつくらしい。太い指がツボを押す。ウッ!!痛い!!思わず音を上げた。「ごっつい凝っとうなあ〜」入院以来絶食中だ、代わりに24時間切れることのない点滴注射に左腕は全く自由が効かぬことなど、あれこれと伝えたいのだが、ことばが声にならぬ、虚ろな眼差しになんとも哀れな体である。
「辛抱できずに痛み止めの注射…何度も頼んでしもたけど、痛さは特別やったわ、…涙を流して泣いとったわ」と弱音も吐いた。 床に臥し、がっくりと肩を落し、気力も失せて項垂れているこの男を、息子の目にはどのように映っていることだろう。
力強く頼もしく思えた日、ありがとうと感謝した時もあったが、反面、胡散臭い感情や、どことなく引け目らしき思いを抱いたりしたことも、しかしもう張り合ったり競い合う相手では無くなったかと、ある意味での優越感を味わっているのかも知れない。
これがおやじか、なんだか縮かんで、小さくなってしまったな、俺の出番かと思う一方で、おやじの持つ重みや責任らしきことにも気付いているだろうか、などと妙に複雑な心境である。
無言で肩を揉むその手がいやに大きく感じられ「また寄るわ」と病室を後にした息子の笑顔が、ひと際輝いていたように見えた。
この子だれの子(平成17年8月) − 自問の勧め −
40代半ば、とみに「刷り込み」について吟味しようと目論んだ。「果たして私は何者なのか?」唯一無二の生命を授かり、死を迎えるその日まで何をすれば好いのか。『一隅を照らす、これ則ち国宝なり(安岡正篤氏)』の言葉に救われ他人の評価に左右されず、オリジナルな人生を歩もうと思うようになってから、心が安らぐようになった。そして50才になった今、現在の子どもたちを観ていて、さぞかし大変な人生だろうとかわいそうになってきた。
私への刷り込みの主は家族・学校・地域がせいぜいであった。ところが今や、TV・DVD・インターネット等、多種多様の価値が親の言葉と同じ重みで入力されている。いや、自分の信念を言い貫く親が少なくなった今では、親の言葉よりも重い価値で刷り込まれているのかもしれない。
情報量が多くとも、その処理能力が昔の子どもより高いとも思えない。もちろん、IT機器等の操作においては使いこなす能力は高い。しかし、多種多様な情報を整理するための経験量は逆に以前より数段劣っている。また、一つひとつの情報を自分自身の良心に照らし合わせながら取り入れるだけのゆとりもない。日が暮れるまで年齢差を越えて集団で遊んでいた昔の子どもほどの知恵(感性)がない上に、深夜に至るまで塾で過ごす今の子どもに、自問する時間を生み出すのは困難だろう。
世の大人たちも、人生を語り、夢を語る人が少なくなり、刹那的損得勘定の話題で過ごすしかないようなご時世になりつつある。年間3万人を越す自殺者が出る現実、大人が夢を語らない世に、子どもが夢を抱くことができるのだろうか?
促成栽培のような施策ではなく、無農薬で育てるような観点から、世風を変える空気が、草の根から起きる動きが、今こそ必要な時機と考える。
この子だれの子(平成17年7月) − ニート・NEET・にーと −
ニートという文字が最近新聞紙面をにぎわせている。ニートとは、働かない、勉強もしない、(就労のための)訓練もしないという英語の頭文字を合わせた造語なのだが、大変な問題になりつつある。専門家によると、表に出ていない人やフリーターの一部も含めると、全国で2百万人に達しそうとのことで、単純に比率計算すると、姫路市にも7千人ほどいる計算になってしまう。コムサロン21では、「生きがいしごとサポートセンター播磨」事業を運営してるが、ときどきそのような人の就労相談も受けることがある。
その問題や原因、そして解決方法は、本当に複雑・難解なのである。原因を大きく分類すると、家庭の問題、教育の問題、企業の問題に別れる。
(家庭)親(父)が仕事中心でこどもに目を向けていない環境。勉強優秀であればいい子であるという考え方。かわいい子供には苦労や失敗をさせたくないという親心。とじこもっていても生きてゆける家庭。親の高齢所得安定により、あえて働かなくても当面は暮らしてゆける家庭。子離れのできない親。虐待。趣味や遊びがテレビ・パソコンだけ。
(教育)成績優秀の子供の評価方法、そして、成績や合格率による教員評価の教育制度。生きがいある仕事・人生とは何かを教えることができる教員の不足。こどもにあえて小さな失敗を経験させ、それを克服させるサポートをして、失敗をおそれない心を学ばせるような教育。経済社会の厳しさと楽しさを教員が体験していないため、教えることが困難。
(企業)きびしい経済環境のなか、即戦力を必要とし、経済感覚・社会人感覚の未熟な若者を必要としない(雇用する余力がない)。リストラという、人をモノ化した経営手段による若者の就労意識離れ。有名企業のモラル低下のニュースや新聞紙面の多報道による企業就労魅力減少。
挙げていけば切りが無い。そして、その対策はどれだけできているだろうか?ニートの高年齢者は今や40歳を越えているそうである。毎年、春になればニート予備軍が教育機関から排出されるといっても過言ではない。抜本的な原因解決と対症療法的な解決の2面を連携して取り組まねば、この問題は永遠に解決しないであろう。
まもなくニートの第二世代に突入する。
この子だれの子(平成17年6月) − もったいない −
5月初め、店頭には何種類ものカーネーションがところ狭しと勢ぞろい、「お母さんありがとう」などとメッセージカードやリボンの飾りも添えられて「母の日」を待つばかりのようであった。
カーネーションと母の日、いつ頃から始まった風習であろう。 私が母へ、贈りものらしきことをしたのはカーネーションでもなく、母の日でもなかったことは確かである。店のおばさんに頼んで花緒の柄を選んでもらった高価でもない一足の下駄であった。
一向に履いたようすがないので、しばらく経った或る日のこと、思い切って尋ねてみた。「あの下駄気に居らんの」?と。絞り出すような小さな声で「もったいのうて・・・」が母からの返事であった。
就職して最初にもらった給料で買い求めたであろうことを知ってか、「もったいのうて・・・」この母のひとことは昭和30年5月、少年時代の私にとって忘れ難い想い出である。
−以下、2005年5月号人間いきいき通信から抜すい− 街角のごみ捨て場を見てみると、まだまだ使える「ゴミ」否、まだまだごみではないのにごみにされたものがたくさんあります。
「もったいない」はもはや死語になってきているのでしょうか。 「もったいない」という言葉は、簡単に外国語に翻訳できないとのこと。それは単に合理的な意味で無駄にしない、倹約するというだけではなく、自然やモノへの感謝・慎みの念が、その一言に込められているからでしょう。
「使い捨て」「飽食」の時代と呼ばれる現代。今さえ・我さえ良ければという風潮は、後世に残すべき生命の母体である自然を破壊しています。今年3月、国連の会議で、昨年のノーベル平和賞受賞者、ケニアの副環境相ワンガリ・マータイさんが呼びかけた「モッタイナイを世界語に」は、ことさら新鮮に響きました。
この子だれの子(平成17年5月) − 式でございます −
来賓として招かれた保育園の卒園式、開式も近くなった頃である。さき程から式の司会進行の担当者と、園児の母親たちとのやりとりが目を引いた。「恐れ入りますがこの場での写真はご遠慮下さい。」「なんでダメなの?」と1人が素早く切り返した。
「本日はおひなまつりや音楽会とは違って・・・式でございますので」保護者席のほとんどがビデオカメラや携帯など、我が子の晴れ姿をと思ったであろうやさきのこと、司会者からのことばはまったくの予想外であったことは親たちの表情から察しられた。
「お式が終わりましたら、どうぞご自由に撮ってあげて下さって結構ですから。」「式のとこを撮りたいんやんか!!」こんどは別の母親が声高に言った。「それをご遠慮下さいとお願いしているのです。アッ、定刻です。それではよろしくお願い致します。」と言い残すと司会者席へと引き返して行った。
案内係の誘導で来賓たちが着席、少々ざわついていた会場の空気が一変した。拍手で迎えられる中を園児が入場、開式となる。 保育証書を手にした子らが、保護者席へ向って1人ひとりが夢を語ってくれた。プロ野球・サッカーの選手、お花屋さん、ケーキ屋さん・・・などと。式次第も順調に進んで終盤となり「思い出のアルバム」園児たちの合唱に担任の先生も涙を堪え切れない。お母さんたちも我が子の成長した姿に感動のひとときである。
卒園児たちを見送った後、園長が語った。「たとえ保育園であっても卒園式はひとつのけじめと捉えて、いかに厳かにが大切でありこどもたちはもとより、全職員にとっても一年の集大成である」と。
「本日は式でございますので・・・。」母親とのやりとりに凛として応えた司会役は、この園長の指針と姿勢に他ならぬことに頷けたのである。まずはめでたし、めでたし。
この子だれの子(平成17年4月) − 共存・共生・抵抗力 −
♪♪は〜るよ こい は〜やく こい あ〜るきはじめたミヨちゃんが あ〜かいはなおの…こどもの頃こんな歌を唱った。 一輪、一輪ほどのあたたかさ と梅の花に春を待ち侘びる心情を表わすなど、いのちが躍動する春の訪れは、多くの人びとにとってこころ待ちにされるところだが、知友のKさんにとってはむしろ花の季節、春のおとずれは苦痛で恐ろしいと云う。
この時期になると毎年決まったように、鼻水・目のかゆみなど、かなり強度の花粉症で、その日によってはティッシュペーパーの一箱が無くなると云い、眼鏡と大きなマスクも離せない。
その症状がどんなに辛いかを解ると言っては嘘になるが、日頃のK氏とはまるで別人の態からして、その辛さの程が並々ではないことに苦痛で恐ろしい理を察するのである。
花粉症は今や5人に1人がなる国民病とも言われていると聞く。 喘息・アトピー・花粉症など、同じアレルギーによる病気らしく排気ガスによる大気汚染であったり、食生活の影響などもその原因だと言われているが、はて?と首を傾げることもある。
花粉を吸い込んでも症状が出るとは限らないし、スギ花粉の多い地方に住む者がほとんど花粉症ではないことも事実だ。 おどろくべき精巧な仕組の人体、抗体であったり、免疫などと花粉が鼻から入らないようにするために、鼻水やクシャミによって異物の体内侵入を本能的に防御するように出来ている。
テレビのCMなどは、除菌・抗菌・滅菌・殺菌と菌を諸悪の根元と悪者扱いして、目の敵にしすぎていないかと思える。 納豆・味噌・ビール・酒はもとより、松茸や田畑の土壌中にと、あらゆる分野で菌の存在によるところ大である。テーブルを囲んで、数多い菌の代表たちとパネルトークなど催してはどうだろう。
この子だれの子(平成17年3月) − ほんに笑顔はむつかしい −
おはよう。ヤァー○○ちゃんオハヨー。おはようございます。きょうもよろしくお願いします。男児の中にはオス!!ちょっと気取って笑顔と元気いっぱいの子も、朝の挨拶が飛び交う。
小学校での児童殺傷事件以降、保育園にも警備担当のおじさんが玄関で先生といっしょに園児を出迎える、一日の始まりだ。 おはよう、オハヨッ!!元気な声の返ってくる子、バイバイ〜と送ってくれた母親に手を振って自分のクラスへと駆け出す子。中にはこちらの挨拶にも反応を示さない子も居て「○○ちゃんおはよ〜」姿勢を低くして、顔を覗き込むようにして声をかけてもだんまり、その子に母親が応えて指示を出す。
「おはよう言よってやんか!!早よ言わんかいな」と子どもの頭をつつく。その母親に先生が「お母さんもおはようございます」誘い水よろしく呼びかけても、母親からの言葉は返ってこない。
「子どもは母親を真似るもんですな〜、母親を見とったらよう解りますわ」警備のおじさんはしみじみと語る。 「あの母娘はいつもですわ、母親があの態度では子どもが可愛相ですがな」とも付け加えて園児を庇った。
かなり以前、こどものことで悩む母親と出会ったが、会話の中でこどもたちの好きなものを訊ねると「ハンバーグ」と答えが返った。そこで「ハンバーグよりもっと好きなものは、お母さんの明るい笑顔ではないでしょうか」と言うと、即座に「ちゃんと勉強してくれたら笑顔も出来るでしょうが、全然言うことを聞かないんですから」と暗い顔が、こんどは目がつり上った。
保育園・警備のおじさんの話しを聞きながら、あの時の母親とのこと、そして自分の質問の不味さに途惑ったことを想い出した。 子どもが言う通りにしたら笑顔に?ほんまにそうやろか???
この子だれの子(平成17年2月) − 2005 初メール −
こども産まれました。1月3日8:52、待望の赤ちゃんです。男の子で体重は3626g、少し大きめですが母子とも健康です。目鼻立ちもしっかりしていて、しっかりした声で泣き、産まれてすぐにおしゃぶりをしたりして、こいつは将来偉くなるなぁ〜と早速親バカぶりです(^-^) −原文どおり− 深夜、こんなメールが届いた。発信記録は丁度0時を少し過ぎた頃であった。
元旦に届いた賀正の中で「もうすぐこどもが産まれます」と手書で記されていたので、2〜3ヶ月の内ぐらいかと思っていたが、年の初めになんとも微笑ましいメールに苦笑したと同時に「おや?待てよ、結婚式に招かれたのは…それにしてもちと早いな〜さてはすでに…などと正直そんな感じを持った。
「十月十日の潮満ちて…はむかしのこと。近ごろは時代が変わり七ヶ月で産まれるんやて」「そんなアホなことあるかいな」! 「なんぼ時代が違うてもそんなことあらへん、あらへん」あるとき年寄りたちが集まっての席で、こんな議論を耳にしたのを想い出す。
丁戴した賀状の整理も正月の仕事である。市町村合併によるもの住所変更やひとことメッセージにも今いちど目を通した。 男児出産の吉報、メール発信相手の欄には彼らの挙式年月日が朱で記されている。次の瞬間私はアッ!と思わず息を呑んだ。
招かれた挙式・披露宴はすでに一年を超えているではないか… 去り行く時のあまりにも早きことに我が身を疑い、さらにいまひとつ下衆の勘繰りとはこのことかと、己れの心の惨さに赤面した。
さぞかし不安な気持ちで迎えたであろう年の瀬、初めての我が子そのいのちの誕生に歓喜した彼の心境を思うと、恥かしいでは済まされることではない。見えない大きな負目さえ覚えた。
親バカぶりの彼に対して、当方心を洗い直し出直しの年始である。
この子だれの子(平成17年1月) 「保育園の餅つき」
ひとつ、二つ、三つ・・・・クラスメイトの振り降ろす杵に合わせて元気な声を揃え、拍子をとるのは3才の児童たち。 臼の中にはすでに出来上がった餅、こども用に造られた小さな杵、こどもといっしょに手を添えているのはおじいちゃん。
そばで捏ね取り役は、姉さん被りのよく似合うニコニコ顔のおばあちゃん。その手さばきは実にお見事である。 きょうは、おじいちゃん、おばあちゃんの「保育参観」と「お餅つき」そしてご近所からは何組かの老人会カップルも特別参加、餅搗きの披露となり、園庭には活気がみちあふれている。
蒸し器からプゥーと熱い湯気が吹き出してきた。二つの臼を取り囲む園児たちはそれぞれに目を輝かせて自分の出番を待つ。 3才に替わって4才、次は5才へとエプロン姿に杵を握ってひとりずつが「お餅つき」の体験学習である。
かまどに薪を焼べる者、その隣では搗き上がった餅があんこやきな粉に塗されてゆく。淡いピンクと薄い水色、二種類の小餅が並べられると「ヤァーきれい」!!と感激の声が沸く。
杵を振り上げる孫の姿に、記者気分よろしく携帯やデジカメを手にシャッターチャンスを逃すまいと、場所の移動に忙しいおじいちゃんもかなり目立っていた。
搗く、捏ねる、二人の息はピッタリだ。喰い入るように見つめる子、声援を送る子、それぞれに立場こそ違ってはいても、みんなの気持ちがひとつに繋がっている様が伝わってくる。
ことばや文字によって得る知識よりも、体験によって取得することが重要だ。きょうのお餅搗きは老いと若きが集まって、まさしく「伝統文化」を継承の場とも思えた。「もういくつ寝るとお正月、お正月には凧あげて・・・」こんな歌があったのを思い出す。
平成16年1月〜12月 この子誰の子
平成15年1月〜12月 この子誰の子
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平成13年1月〜12月 この子誰の子
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